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「カンヌ映画祭2008 その(1)− 授賞作品は社会性を重視」

 今年で61回を迎えたカンヌ映画祭は、全体的に見れば、まだまだ発展する映画祭中の映画祭であった。
選考作品は、始まるまでは地味目と思われていたが、作り手の明確な意思が伝わる作品が多かった。審査委員長は、我が国では歌手のマドンナの元夫の肩書で知られるショーン・ペンが務めた。フランスで、彼は俳優以上に監督として評価され、今春から彼の新作監督作品「イントゥ・ザ・ウェスト」が一般公開されている。
授賞内容は、審査員たちのはっきりした意思が垣間見え、最近では、一番骨太な授賞であった。
例年、さわやかな気候のカンヌだが、今回は雨天が多かった。

トップ人事

 今年から、トップの布陣が変った。今までの、トップのジル・ジャコブ会長、同格ナンバー2のアドミニストレーション・ディレクターのカトリーヌ・デミエとアート・ディレクターのチエリ・フレモの3人体制から、デミエ・ディレクターが退いた。そして、ナンバー2格の総代表にフレモが就任、2人体制となった。2000年に総代表であったジャコブが会長に昇格し、それまでの総代表ポストは二分され、実務は、最高エリート校「ENA(エナ)」出身のデミエ、作品選考は、リヨンのインスティテュート・ルミエール会長ベルトラン・タヴェルニエ監督の秘蔵っ子で映画研究者のフレモの3人体制であった。これは、多分に、権力を分散させ、支配する政治家ジャコブの深謀術策と読める。
 元来、ジャコブが任命した筈のフレモは、上司との折り合いが悪く、常にジャコブは息子のロラン・ジャコブ(現シネフォンダシオン選考委員長)を後継者と考えているとの公然の噂がまかり通り、フレモはワン・ポイントと見られていた。
 
 では、この人事、なぜ実現したのであろうか。カンヌ映画祭に詳しいメディア関係者数人の話によれば、今年78才のジャコブは、自分の存任中の平穏を求めて、フレモと手打ちをした結果である。そこで、フレモは正式にナンバー2となり、デミエ・ディレクターがはみ出し、彼女は古巣のクール・ドゥ・コント(フランス独特の財務組織で、財務省の主計局と会計検査院とを併せた強大な権力を持つ政府機関)へ復帰した。
 この様に、1つのポストを巡る確執は何処の世界でもあり、芸術の香りを振り撒くカンヌ映画祭にも、いささか生臭い話はある。

審査員

審査員記者会見  (c)八玉企画
 今年は、最初の記者会見で7人の名が発表され、例年より少ないのが不思議であった。そして、1週間遅れの2回目の記者発表では、従来通りの9名に戻った。
 委員長のショーン・ペン、一見チンピラ風だが、俳優よりは寧ろ監督としての才能が光っている。監督第一作「インディアン・ランナー」(91)は、カンヌ映画祭監督週間で上映され、相当な才能を感じさせた。
 監督としてのイーストウッドを最初に認知したのはカンヌ映画祭で、これは、当時、総代表として選考を担当していたジャコブ現会長の自慢の種である。ペンの場合もカンヌで認められ、監督として大成したところは先輩イーストウッドと似ている。
 
 当初7人しか発表されなかった審査員、開幕すれば、フランスの女優、ジャンヌ・バリバール(「恋ごころ」〔01〕ジャック・リヴェット監督)とタイの監督、アピチャッポン・ウィーラセタクン(「真昼の不思議な物体」〔00〕)が加わり、例年通り9名となった。最近の審査員選考傾向として、女優の起用が目立ち、今年もその例に漏れなかった。彼女たちの起用の狙いは、レッドカーペットを彩るスター性によるものである。以前は著名作家や授賞歴のある映画人中心であったが、その傾向は、テレビ写りを意識し、明らかに変化している。

テレビ写り

 カンヌ映画祭のテレビへの意識は徹底している。テレビ写りの良いスターたちを動員し、レッドカーペットに華を添えている。そのスターの中でも、ハリウッドスターは別格だ。今年は、ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリ夫妻、マドンナ、シャロン・ストーン、クリント・イーストウッド、ベニチヨ・デル・トロ、ヨーロッパからは、フランスのカトリーヌ・ドヌーヴ、スペインのペネロペ・クルスなどの顔が見られた。特に女優たちは著名メゾンのドレス、宝石を身につけ、華やかさを盛り上げた。宝石は貸与であり、盗難よけに選任のガードマンが付いている。
 オープニング作品は、例年、ハリウッドスター出演作品に照準を合わせるフシがあり、今年はジュリアン・ムーア主演の「ブラインドネス」(ブラジル、フェルナンド・メイレレス監督)が採り上げられた。
 映画祭を盛り上げる上でスター起用作品が求められるが、作品自体にインパクトがなければ、無駄玉を撃つに等しい。「ブラインドネス」には、日本人俳優木村佳乃、伊勢谷友介が出演し、日本からの製作参加もあった。

受賞結果

「クリスマス・テール」

 今年度の受賞結果、意外な感もあったが、振り返って見れば至極順当であった。最高賞パルムドールはフランス作品、ロラン・カンテ監督の「クラス」が獲得。これは、事前に全く予想されない授賞であった。
 第2席のグランプリには、イタリアのマッテオ・ガローネ監督の「ゴモラ」(ナポリのマフィア、カモーラの意)、審査員賞はイタリアのパオロ・ソレンティーノ監督の「イル・ディーボ」、女優賞は今年45才、国際的に無名であるサンドラ・コルベローニ(ブラジル「リナ・デ・パッセ」)が選ばれた。
 星取表で有名なフランスの「フィルム・フランセ」誌と英字の「スクリーン」誌の予想とは大きく異なるものであった。
 「フィルム・フランセ」は、週刊の映画業界紙で毎週のボックスオフィスの最新情報がセールスポイント。映画祭期間中は10回の特別号を出し、ホテル、見本市で無料配布される。星取り表の担当は全員フランスメディア担当者で、オタク度が高い。
 「スクリーン」は英字の同種の映画専門誌で、これも映画祭期間中特別版を出し、その目玉が星取り表であることは「フィルム・フランセ」と変わりはない。担当は世界各国の映画ジャーナリストで、「フィルム・フランセ」ほどではないが、こちらのオタク度も相当なもの。

「ロルナの沈黙」

 「フィルム・フランセ」のベスト3は、「クリスマス・テール」(仏、アルノー・デプレシャン監督)、「ロルナの沈黙」(ベルギー、ダルデンヌ兄弟監督)、「エクスチェンジ」(米、クリント・イーストウッド監督)。「スクリーン」のベスト5は、「スリー・モンキーズ」(トルコ、ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン監督)、「バシールとワルツ」(イスラエル、アリ・フォルマン監督)、「二十四城記」(中国、ジャ・ジャンクー監督)、そして、イーストウッド、ダルデンヌ兄弟作品がトップグループである。アニメの「バシールとワルツ」を除き、殆んどがアート系作品である。

「バシールとワルツ」

 この辺りに、作品選考担当のフレモ総代表の路線がうかがえる。多分にシネフィル的であり、この傾向、年々顕著になっている。これらは良く言えば芸術的で、悪く言えば小難しい作品と言えよう。事前の予想を、ショーン・ペン委員長率いる審査委員会は見事にひっくり返した。
 ペン委員長は開幕前の、あるインタヴューで、社会性は避けられないと語っているが、結果はその通りであった。

「二十四城記」

 アート系作品がはずされ、現代世界の社会問題や貧困に対し、積極的に発言する作品が選ばれたが、唯一の例外が、演出主義が色濃い「スリー・モンキーズ」だけで、他の全ての受賞作は何らかの社会性があった。つまり、現代の世界的格差問題に、審査員たちは黙っていられなかたのであろう。家族内の反目を描いたフランス期待の「クリスマス・テール」、シネフィル的人気抜群の「二十四城記」では物足りなかったのだろう。「二十四城記」は、中国の成都に近い都市の軍需工場閉鎖に伴う社会の戸惑いを描くもので、決して社会性を欠いた作品ではないが、単調な映画的手法が評価されなかったと思われる。


●受賞作品一覧
パルムドール 「クラス」 (仏、ロラン・カンテ監督)
グランプリ(第2席) 「ゴモラ」 (伊、マッテオ・ガローネ監督)
監督賞 ヌーリ・ビルゲ・ジェイラン (トルコ、「スリー・モンキーズ」)
審査員賞 「イル・ディーボ」 (伊、パオロ・ソレンティーノ監督)
脚本賞 ダルデンヌ兄弟 (ベルギー、「ロルナの沈黙」)
男優賞 ベニチヨ・デル・トロ (米、「チェ」)
女優賞 サンドラ・コルベローニ (ブラジル、「リナ・デ・パッセ」)
カメラドール(新人賞) 「ハンガー」 (英、スティーヴ・マックィーン)

●審査員一覧
審査委員長 ショーン・ペン(米、監督・俳優)
委員 ナタリー・ポートマン(米、女優)
ジャンヌ・バリバール(仏、女優)
アレクサンドラ・マリア・ララ(独、女優)
マルジャン・サトラピ(仏、監督)
アルフォンソ・キュアロン(メキシコ、監督)
ラシド・ブシャレブ(仏、監督)
アピチャボン・ウィーラセタクン(タイ、監督)
セルジオ・カステリート(伊、監督・俳優)


(文中敬称略)
《続く》
映像新聞 2008年6月16日号より転載

中川洋吉・映画評論家


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