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「カンヌ映画祭2009」レポート

「カンヌ映画祭2009」レポート(2)
フランス、英国勢に秀作そろう


 今年、2009年のカンヌ映画祭はずらりと大物監督作品が並んだ。その中には愚作、悪作もあった。しかし、今年の良さは、大物監督作品以外の秀作が採り上げられたことである。その好例が、グランプリ(第二席)の「預言者」であろう。
映画祭の付き物に、必ず一群の忘れられた作品があり、この中に秀作があるが、この現象は毎年繰り返される。



コンペ選考は脚本内容を重視

「ルッキング・フォー・エリック」

「ルッキング・フォー・エリック」

 サッカーに詳しい人であればご存知である、エリック・カントナ(以下カントナ)がタイトルになっている。
90年代から英国、マンチェスター・ユナイテッドで活躍したカントナは、ジダン登場前のスーパースターであり、絶大な人気を誇った。当時、フランス人プレイヤーが英国で活躍することは珍しく、彼の存在は特異と言える。サッカー好きのケン・ローチ監督とカントナの組み合わせ、サッカーファンならずとも固唾を呑むところだ。舞台は勿論、マンチェスター、主人公は冴えない郵便局員。彼は妻に逃げられ、残された息子との生活、子供達は全く彼を相手にせず、何やら怪しげな商売の遣い走りをし、家の中はバラバラ。覇気の失せた彼は、職場でも家でも鬱々とし、心弾まない灰色の毎日を送る。そこに、ある日、壁のポスターから彼のアイドルたるカントナ(本人出演)が飛び出し、落ち込む郵便局員を励ます。郵便局員に、「俺はただのマン(男)ではない、カントナだ」と豪語し、先ず断固「ノー」と主張することを吹き込む。何でも「イエス」と答えてきた彼は、「ノー」を繰り返すうちに徐々に自信を取り戻す。ラストは、息子を巻き込んだ怪しげな男に、仲間の郵便局員たちとバット片手に自宅に乗り込み、ヤクザ退治は相手の顔をつぶすのが一番とばかりに、家中を壊しまくる。社会階級の矛盾を鋭く衝くローチ監督が、今回は痛快コメディへと転じた。ここでもワーキング・クラスに軸足を置く彼は全くブレていない。息子を守るために、ブルジョア階級に寄生したヤクザとの対峙、現状の告発を超える、行動が実に鮮やか。往時のカントナの華麗なゴールシーンの実写もたっぷり写し出され、彼の凄さが伝わる。これは快作。


アルモドバルの新作

「砕かれた抱擁」
 「砕かれた抱擁」は、ペドロ・アルモドバル、ペネロペ・クルスの黄金コンビ作品。従来なら、上手い女優陣を配するキャスティングだが、今回はクルスをフィーチャーした。主人公は盲目の映画監督、その彼の恋人が、大金持ちと一緒になったクルス。その彼女を監督が奪い、2人の愛を実らせるが、彼女は交通事故死、同乗の彼は視力を失う。究極の愛の物語であり、昨年のウディ・アレン監督の「それでも恋するバルセロナ」に続き、今年も登場のクルス、今や世界一の美女として押しも押されぬ存在。
 「ボルベール」(06)のように女性のパワーの力強さよりも、一人の美女を愛し抜くことに力点を置く今作、アルモドバル作品としては強さに欠ける印象を受けた。しかし、見せる作品である。


英国作品

「ブライト・スター」

 93年のパルムドール「ピアノレッスン」のジェーン・カンピオン監督の「ブライト・スター」も奥行きの深い、見応えのある作品。何よりも作品の密度の濃さに心奪われる。そして、風格と繊細さがある。
物語は、英国の天才詩人キーツ(1795〜1821)と隣家の彼に思いを寄せる女性との悲劇。才能豊かな若き詩人は、生活手段を持たず、女性の周囲は彼との結婚に否定的。19世紀の時代相が丁寧に描かれている。唯一の弱点は、キーツに扮する若い俳優に知性が感じられぬことだ。これはかなり致命的。カンピオン監督といえば、一昨年のカンヌ映画祭60周年記念オムニバス映画「それぞれのシネマ」における記者会見では、言葉の出来ぬ北野武が始終彼女の横に座っていたことを思い起す。北野監督の「HANA−BI」が第54回ヴェネチア映画祭(97)で金獅子賞を得た時の審査委員長がカンピオン監督であった因縁によるものかもしれない。


「フィッシュ・タンク」

英国作品で見逃せない1本が女性監督アンドレア・アーノルドの「フィッシュ・タンク」である。15歳の少女の思春期の心の揺れを描き、主演のカティ・ジャーヴィスは主演女優賞に擬せられるほどの新鮮さがあった。アーノルド監督は2006年のカンヌ映画祭に、「レッドロード」を出品しロンドン郊外の若者たちの今の姿を描き、審査員賞を得ている。最近の傾向としてカンヌ映画祭出品歴がある作品がコンペ部門に選考されることが多く、カンヌの敷居は益々高くなった感がある。
「ブライト・スター」の監督はニュージーランドのカンピオンだが、作品は実質的に英国と見てよい。全体的に今年の英国作品は粒揃いで、審査員の意向次第ではパルムドール受賞も可能であった。特に「ブライト・スター」は事前の予想では「預言者」と並ぶ高い評価を受けていた。

フランス作品に勢い

「イン・ザ・ビギニング-素性」

 フランスからの「預言者」は文句なく秀作だが、ザヴィエル・ジャノリ作品「イン・ザ・ビギニング−素性」もハイレベルな作品。嘘みたいな話だが、実話の映画化である。
ある刑務所を出所した、小物の詐欺師が主人公。生計の当てのない彼は、建築資材の購入詐欺で口にノリ糊をする。そこで得た、業界知識と人脈を買われ、ある時、高速道路の工事責任者に推され、本人も段々と本気になり、開通に漕ぎつける。詐欺師が、本物の高速道路を作り上げるテンマツ顛末がハナシの骨子。あり得ないことが実現するオカシさが物語を支え、演出よりも、企画、脚本の良さが目立つ。今作、2時間30分と長尺であるが、最後まで飽かせず見せる。彼は今年37歳と若いが、2006年に既にカンヌ映画祭のコンペに選ばれている。3本目のフランス作品は挑発的な作風のギャスパー・ノエ監督の「エンター・ザ・ボイド」である。フランス人の兄と妹の2人は東京へやってくる。兄はヤクのディーラー、妹はストリップダンサーで生きる糧を得る。我々日本人が見たことのない不思議な東京が作中大きな位置を占める。兄妹愛と、夢幻的な大都市、東京のアヤ妖しい魅力が見る者を引きつける。かなりのキワモノだが、それなりに見せるマニア向き作品。
今年はフランス出品作に勢いがある。選考方針の転換が一因か。今までの選考では演出至上主義の作品(例えば、アサイアス、デプレッシャンなど)が幅を効かせていた。ところが、今年は、フランス映画の良き伝統の範疇に入る脚本がしっかりした作品中心の選考となった。その代表がジャック・オディアールの「預言者」であろう。カイエ・ドゥ・シネマ信奉者に受ける作品は、フランス国内では通じるが、国際的には全く受けない事実がある。この減少にやっと気がついたのであろう。



監督週間の作品

「テトロ」

 今年のオープニングは、フランシス=フォード・コッポラ監督の自伝的作品「テトロ」だ。彼の祖父の物語で、故郷のアルゼンチンを舞台としている。2人の兄弟の愛と確執を描くもので、かっちりと仕上っている。このオーソドックスな固め方に違和感を感じる向きもあろうが、これがコッポラスタイルであり、受け入れるより他ない。主演はヴァンサン・ギャロ、暴力的な主人公の役柄によくはまっている。
 日本映画の出品はなく、フランス映画で共同監督として「ユキとニナ」に諏訪敦彦監督が名を連ねた。フランスの中堅男優イポリット・ジェラルドの第一回監督作品で、シナリオは両者の共同である。日本人の母とフランス人の父(イポリット監督が扮する)の間の
少女ユキは両親の離婚で、日本に戻ることになる。ユキの親友ニナとの別れ、フランスへの愛着と幼い少女の声高ではない、トマド惑いが作品の芯。映画文法を意図的に外す画面作りが得意な諏訪監督作品としては、難解さが消え見易くなっている。共同監督のプラス面であろう。「M/OTHER」(99)の監督週間出品当時と比べ、諏訪監督は自信に満ちていた。
他に、幼児ポルノをテーマとした「ダニエルとアナ」、最高に笑えた性に目覚める高校生と彼をオチョクル、飛んだ母親を描く「美しきガキ共」、ハリウッドスター、ジム・キャリー主演のゲイの物語「アイ・ラヴ・ユー、フィリップ・モリス」、はノリの良い作品、刑務所仲間のゲイのため脱獄とサギを繰り返す、哀しくも調子の良い男のハナシ、これも実話だから驚く。



「或る視点」賞

 ギリシャのヨルゴス・ランティモス監督の「ドッグティース」が受賞。物語は、ある企業経営者の男がアイマスクをした若い女性を助手席に乗せ、郊外の豪邸へと帰る。女性は長男のセックス相手として連れて来られたが、若い男は全くその気になれない。親が子に女をあてがったわけで、一事が万事、男が家族を支配し、家族は犬扱い。しかし、家族はこの状況を当然と受止め、反抗の気配がない。起伏が少なく、踏み込みに欠けるが、その辺りが若い世代に受けそうな作品。



(文中敬称略)
《続く》
映像新聞 2009年6月15日掲載

中川洋吉・映画評論家


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