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第23回「東京国際映画祭」(1)
戦争、社会問題の真実に迫る
力作が揃ったコンペ部門

 第23回を迎えた「東京国際映画祭」は2010年10月23日から31日まで、六本木TOHOシネマズ 六本木ヒルズをメイン会場として開催された。 10月末とはいえ、曇天、雨が多く、お祭りに水を差した。しかし、114本の作品上映、観客数は4万7862人と昨年より微増であった。事前のプレス試写の入り具合、毎回満席に近い状態であり、以前は義理で付き合っていた有力メディアも結果報告だけでなく、多くの作品を実際に見ていた。この変化、明らかに東京国際映画祭(以下TIFF)への認識の変化と受取れるだろう。一つの映画祭が浸透するのに、5年、10年のタイム・スパーンではなく、20年くらい掛かることの証明でもあろう。

 
本稿では、コンペ15本の選考作品から優れた作品を採りあげる。 例年、TIFFはカンヌ映画祭へ大勢のメンバーを派遣しながら、それ相応の成果が挙げられなかった。しかし、今回のフランス作品の選考にはウナ唸らされた。最初に述べたいのは「サラの鍵」だ。

ユダヤ問題とフランスのタブー

「サラの鍵」

 事件は1942年7月16日、一般に「黒い木曜日」と呼ばれる日に起きた。当時のフランスは、ナチスドイツの傀儡政権、ペタン元帥率いるヴィシー政権。パリの」7月の蒸し暑い夏の夜に、フランス人官憲によるユダヤ人の一斉検挙で、彼らは、ヴェロドゥローム・ディヴェール(略称ヴェロ・ディヴ、戦前存在したパリ市内の室内競輪場で、現存しない)へ連行され、男、女、そして子供と分けられ、鉄道貨物同様にアウシュヴィッツ強制収容所へと連行され虐殺された悲劇。被害者総数1万5千人。この事件の最大の問題はフランス人が、直接ユダヤ人虐殺に関わったことで、そのため長い間、国内ではタブー視された。

  物語は、辛うじて生き残った少女の追想で展開される。この事件の時、幼い弟を納屋に隠した姉のサラは、納戸の鍵を手にしたまま収容所送りとなる。戦後、このアパルトマンに入居したアメリカ人でパリ支局の雑誌記者(クリスティン・スコット=トーマス)がこの経緯を知り、色々と調べ、多くの事実を発見する。タチアナ・ド・ロネのベストセラーの映画化。自国民が手を汚した過去とその沈黙に対し、映画というマス手段を用い、事実を明らかにし、人間の負の部分を抉って見せたところにこの作品の価値がある。
  その事実関係を過去と現在のフラッシュバックを多用し効果をあげた。「ずっとあなたを愛している」(08)で刑務所出所した落剥の中年女性を演じ、香るような美人女優から脱皮したスコット=トーマスの存在は大きい。今映画祭の収穫の1本。早く日本で配給元が見付かることを期待する。


イスラエルへの釈然としない思い


「僕の心の奥の文法」
東京サクラ グランプリ受賞の「僕の心の奥の文法」は、現在のイスラエルでは少数派の平和主義の立場に立つ作品だ。一時的に同国に平和がもたらされた、1967年の第三次中東戦争前の時代を舞台としている。当時のイスラエルは、現在同様、ナショナリズムが支配し、若者たちはホロコーストは自身と関係ないと思っていた。この時代の社会風潮は好戦的であり、主人公の一家も例外ではなかった。父親はホロコーストの生き残りであり、戦うことが人間の存在意義と固く信じる人物である。それに対し、息子の少年はこの風潮になじめない。暴力を嫌い、藝術を愛する繊細な少年であった。彼は、この風潮や父親に抵抗するために、3年間成長を拒む。

  占領地にどんどん入植者を送り込み、壁を築き、職を求めるパレスチナ人を兵量攻めにするイスラエルであり、この好戦性は国内に蔓延している。そして、紛争による過剰報復、トルコ船への襲撃など、どれ程多くのパレスチナ人を殺しているか、アウシュヴィッツで受けた虐殺を、ユダヤ人自身が、今度はパレスチナ人に行っている厳然たる事実がある。ここで、今作を見て釈然としないところは、作り手が良心的な平和主義者であっても、もっと具体的行動の必要性について語ってもらいたい。成長の拒否と言うアイディアは、それ自体悪くなく、イスラエル人の思考能力の高さを証明しているが、この程度では物足りない。そこが釈然としない理由である。例えば、同じ国のアモス・ギタイ監督作品を見ても同じ思いが残る。


骨太な日本映画


「海炭市叙景」

 例年、コンペに登場する日本映画の弱さには、見る側は頭を抱えたが、今回はバリバリの若手監督の新作がラインアップされた。熊切和嘉監督の「海炭市斜景」である。今年36歳で、すでに何本か撮っている彼は、大阪藝術大学映画学科出身の気鋭監督だ。同大学出身者の作風は良く言えばアナーキー、悪く言えば破茶目茶なところがあるが、今作は、原作の枠に収まり、現状を撃つ、静かだが強いインパクトを持つ作品に仕上がっている。

  村上春樹と並び評され、夭逝した函館出身の作家、佐藤泰志原作の映画化。 架空の北海道の廃鉱となった炭鉱町が舞台。この寂びれ、将来もない場にしか生きるスベ術を見つけられない負け組みの人々の生き様を淡々と描き、無理に希望を照射しないところにリアリティがある。海炭市とは現代の地方都市の象徴なのだ。登場人物は、造船所を解雇された兄妹、冒頭のお正月料理の貧しさに胸が詰まる思いをさせるシーンは秀逸。その2人、最後の小銭を手にご来光を拝むところから作品に引き込まれる。他に、妻の不倫に苦しむ男、父と折り合いの悪い息子の帰郷、再開発で立ち退きを迫られるが、古い家に居続ける老婆と猫。総て、日常の取るに足らぬハナシだが、人生の一面を切り取り、それが日本ではないかと問いかけている。若手監督の久々の骨太な傑作だ。


教育の原点


「小学校!」

 スペインの「小学校」は教育のあり方を考えさせる作品だ。小学校の美術教諭には惜しいほどの履歴を持つ中年男性が、わざわざ志願し、美術を教えることとなる。最初は、ピカソの「ゲルニカ」の画面構成を説くが、子供たちの反応は鈍い。そこで、彼らに画を描かすと多様な個性が溢れ、教諭と生徒の距離がぐっと縮まる。子供たちの気持を捉えることに成功したのだ。しかし、問題皆無とは行かない。落ち着きのない情緒不安定な男の子、スカートの中でオナニーをする女の子などが教諭を悩ます。

  それらの問題、先生たちが互いの話し合いを重ね解決策と探す。会話の重要性は、教育の場の必須事項であるとする作り手の主張が良く理解できる。生徒の自由意志の尊重、自己の教育方針と管理との調和、そして、皆の話し合いの積み重ねが、生徒たちを包み込む。「パリ20区、ぼくらのクラス」と合せて見るのも一考。対立から融合へと導く「パリ20区・・・」と話し合いと、生徒の興味の引き出し方を重視する、スペインの教育の在り方の違いが面白い。印象に残ったのは、生徒たちが騒ぎ始め、収拾がつかず困惑するところに、担任の女性教諭が教室に現れ手拍子すると、いつの間にかクラス全体もつられて手拍子の渦となり、騒ぎが収まる、この魔法のようなシーンには驚かされた。

好調南米作品の一端

「隠れた瞳」

世界的に見て、イタリアと南米は長い間の不調を抜け出し、復調の兆しが著しい。アルゼンチンから選考された「隠れた瞳」は無冠に終ったが、これは、映画祭につきものの「忘れられた1本」である。70年代のチリ、アルゼンチンは軍政で、多くの反体制の人々が殺されたり行方不明となり、未だに指導者や実行犯が罰せられていない現実である。
  エリート養成の国立高等学校の女性新任教官マリア・テレザが主人公。慎ましい母子家庭出身だが、聡明で優秀であり、学校でも直ぐに教頭の目に留まり、彼から学生の監視の仕事を指示される。軍政下、すべて監視される、息苦しい時代、生真面目なマリア・テレザは、上司の指示を何の抵抗もなく受け入れる。穏やかで紳士的な教頭は、食事に誘い、それから、仕事にかこつけ強引に性的関係を結び、悲劇が起る。軍政下の抑圧された雰囲気、従属か、死しかない恐怖政治、秩序の異常なまでの尊重を強いる政治制度。表面的な礼儀正しさと隠された醜い権力者の品性。
  1人の女性の苦悩、悲劇を通し、軍政自体が告発され、それを受け入れざるを得なかった人々の行きにくさ。ナチスの犯罪に匹敵する南米を支配した恐怖政治。人間の描き方がややステレオタイプだが、今映画祭のハイライトの1本。
  他に注目すべき作品は、中国から選考された「ブッダ・マウンテン」である。大学受験に失敗した男2人と女1人が、往年の京劇の大スターの家に間借りし、徐々に交流を深め、最後は成都の大地震で被災した仏像を復元させる、スケールの大きな話。大作で見応え充分。

 

「ビューティフル・ボーイ」

 アメリカからは、大学での銃乱射事件を扱った「ビューティフル・ボーイ」が選考された。銃撃犯で自殺した大学生の両親が主役で、彼らの視点から事件が描かれている。ワンパターンでない物の見方が体得できる作品。





今年のコンペ

 地味ながら内容を重視
  ビッグ・ネームは、日本の新藤兼人監督(「一枚のハガキ」今作は別稿で触れる)だけだが、力のある作品が集められた。作品情報網が整備されたのか、谷田部吉彦選考ディレクターは、地味ながら内容を重視した作品に絞ったのか、それらの相乗効果が今回の結果ではなかろうか。 世界の有力作品は、ヴェネチア、モントリオール、トロント映画祭へ流れるのは知名度からして止むを得ない。だが、地味だが、これはと思う作品に的を絞れば、相当な作品はまだまだある筈だ。この線がTIFFの生き延びる道だろう。

●受賞作品
最高賞
(サクラ グランプリ)
「僕の心の奥の文法」(イスラエル、ニル・ベルグマン監督)
審査員特別賞 「一枚のハガキ」(日本、新藤兼人監督)
女優賞 ファン・ビンビン(中国、「ブッダ・マウンテン」)
男優賞 ワン・チェンユエン(中国、「鋼のピアニスト」)
芸術貢献賞 「ブッダ・マウンテン」(中国、リー・ユー監督)
アジア映画賞 「虹」(韓国、シン・スウォン監督)
日本映画・ある視点作品賞 「歓待」(深田晃司監督)

●審査員
委員長 ニール・ジョーダン(アイルランド、監督)
委員

ジュディ・オング(日本、女優・歌手)
ドメニコ・プロカッチ(イタリア、プロデューサー)
ホ・ジノ(韓国、監督)根岸吉太郎(日本、監督)

     



(文中敬称略)
《続く》
映像新聞 2010年11月22日号掲載

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中川洋吉・映画評論家