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第23回「東京国際映画祭」(3)
米メジャー衰退で目玉不足も
コンペ部門に将来期待の監督

 東京国際映画祭(以下、TIFF)では、メインたるコンペ、「アジアの風」以外に、今年は各部門に渉る日本映画、フランス映画に見るべき作品が多かった。例年、特別招待部門は、これからの新作、ハリウッド映画と、世界的スターの登場で彩られたが、傑出した作品が少なく、主催者によれば、アメリカメジャーの衰退により目玉作品不足とのこと。日本一般公開前に、以前ならメジャー一社で世界的スターを招き、大々的にパーティを催し、これ宣伝につとめたものだが、今や完全にスケールダウンし、往時を知る者にとり寂しい限りだ。

 
全体的に見渡せば、フランス映画や日本映画に見逃せない作品が複数あり、これらを紹介する。

70年代満載の意欲作

「しあわせの雨傘」
コンペ部門に将来期待の監督

 カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワ・オゾン監督コンビの「しあわせの雨傘」は一見、名作「シェルブールの雨傘」へのオマージュと受取られそうだが、作り手の意図は別にあり、その内容の密度は濃い。冒頭、専業主婦で、すっかり太目の美女ドヌーヴのジョギング姿。当時、フランスを席巻したスポーツメーカー、アディダスの3本線入りのトレーニングスーツ姿。ここがフランスの70年代へと導入部。70年代とは、68年5月革命により変化を遂げたフランス社会のザンシ残滓が漂う時代だ。それまでの社会的家父長制が崩れ、共産党や教会の権威が失墜し、縦型の人間関係が横のそれへと変化した。

  彼女の夫は傘会社の社長だが、ある時、病気に倒れ、急遽、家庭婦人だった彼女が社長に祭り上げられ、彼女は渋々引受ける。絶え間ない労組の攻勢、前社長は強気一点張りの対決路線。しかし、彼女は、労使交渉で組合幹部を説得し、賃上げを受入れる。そこには、68年5月革命で唱えられた、労組自主管理思想が垣間見え、正に70年代の揺れるフランス社会を象徴している。最後は、国会議員に当選し、祝賀会でドヌーヴが、当時一世風靡したジャン・フェラのシャンソン「人生は美しい」を直々熱唱する。
  軽妙なコメディタッチの蓑を纏いながら、フランス社会が輝かしく変化した時代を描いて見せた痛快作。勿論、ドヌーヴの最新作。原作は70年代を描いたブールヴァール劇。


現代に生きる68年魂


「ハンズ・アップ!」
68年の闘士、ロマン・グピール監督は、気鋭の新左翼作家で「30才の死」(80)の第一作で世に出た。非常に寡作で、出品作「ハンズ・アップ」が長篇7作目だ。物語のテーマは移民問題である。
  チェチェン人一家が難を逃れパリで暮らすが、移民排斥を狙うサルコジ政権は彼らの強制送還に乗り出し、小学校では一人の子供が対象となるが、父兄の1人の勇気ある母(ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ−サルコジ大統領夫人の姉)がそのチェチェン人を養子として引取る。反権力的人道主義だ。打ち続く強制送還の嵐に対し、子供たちは突然姿を隠し、問題の本質の重要性を提起する。今作、6月にフランスで公開され、プレスの評判は良かったが、一般には賛否両論が起ったと、グピール監督は語った。


クロード・シャブロル監督の緊急追悼上映


「刑事ベラミー」

 今年9月、80歳で逝去したクロード・シャブロル監督の遺作「刑事ベラミー」がワールドシネマ部門で上映された。ヌーヴェル・ヴァーグの三羽烏の1人とうたわれた彼は、ヌーヴェル・ヴァーグから逸早く離れ、商業映画の枠の中で活躍し、56本の作品を残した。ポリシエ(ミステリー、警察もの)を得意とし、その語り口の上手さと相俟って上質な娯楽映画の巨匠とされた。実際、彼の作品は理屈っぽさがなく、見ていて面白い。フランス映画の特徴である「良質の伝統」の精神を持ち続けた作家であり、今一度、再評価の必要がある。ヴァカンス中の刑事ベラミー(ジェラール・ドゥパルデュ)の身辺に怪しげな男が徘徊する。休み中とはいえ、刑事魂が動き、その男の周辺を調べると、殺人事件が浮かび、彼の妻と愛人との生活も何か事件の匂いがする。典型的なポリシエで、その醍醐味を味わせてくれる。


カンヌ映画祭受賞作品


「神々と男たち」

 他に、絶対にお薦めの作品がフランスからワールドシネマ部門に選らばれた「神々と男たち」(グザビエ・ボーヴォワ監督)だ。今年のカンヌ映画祭でグランプリ(第二席)受賞作品であり、この部門にふさわしい傑作だ。前世紀末のアルジェリアの修道院を舞台とする実話を映画化している。当時、国内は政府とイスラム勢力が激しく対立していた政治的背景がある。因は総選挙で圧倒的勝利を収めたイスラム勢力を、時の軍政が認めないことに端を発している。修道士たちは、国内で医療を始め奉仕活動に従事し、地域住民の尊敬を集める。しかし、宗教対立が激しくなり、彼らは退去問題に直面するが、最終的には、院長(ランベール・ウィルソン)の決断で現地に留まることを決意する。だが、彼ら7人はテロの犠牲となり1人だけ生き残る悲惨な結末を迎える。現在、このテロ事件の首謀者はイスラム勢力ではなく、政府軍とフランスの諜報機関が仕組んだことが定説となっている。
  ここで、見るべき点は、宗教的良心と個人のあり方であり、今日的テーマを見る側に突き付けている。テーマに奥行きがある。

日本からの作品

「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」

地元、日本からも見るべき作品が何本かあった。その最高峰は、新藤兼人監督の「一枚のハガキ」である(詳細は次号掲載予定)。他にも見るべき作品として、コンペ部門の「海炭市叙景」は既に触れたが、もし、審査員構成が変れば受賞もあり得る作品だった。外国の若手監督と比べ、ひ弱で、描く世界が狭い日本の若手の中にあり、これほど構築のしっかりした作品は珍しい。期待の大型新人の登場だ。
  以上の作品以外にも、ベテラン監督東陽一の「酔いがさめたら、うちに帰ろう」(日本映画・ある視点部門オープニング作品)は、力がある。別れた妻、漫画家の西原理恵子に支えられアルコール依存症を乗り越えた、戦場カメラマン鴨志田穣の自伝的小説の映画化。主人公には浅野忠信、別れても献身的に尽す妻に永作博美とのマッチングが素晴らしい。戦場の凄まじい暴力を間近で体験した主人公は、精神がズタズタに切り刻まれ、廃人と化し、時々暴力を振るい、アルコールに依存する。明るく、物事に動じない妻は、彼をアルコール依存症専門の病院に無理やり入院させ、快復を目指す。療養所内の人間模様、大好きなカレーを食べ、至福の一時のシーンは思わず頬がゆるみ、作品全体に一服の清涼感をもたらす。彼の帰宅の望みが叶い、自宅で家族に見守られながら、波乱万丈の人生の幕を閉じる。主人公のどうしようもない酒乱振り、それに動じない妻の器の大きさ、しかし、拡がる悲劇の芽、地獄一歩手前の状況、その辺りが、一つ一つのエピソードとなり、見る者を飽きさせない。人間に対する愛と共に、冷めた視点が作品を支えている。

現代のメタファー

「武士の家計簿」

 今年は、武士ものが非常に多い年であり、そのうちの1本「武士の家計簿」(森田芳光監督)が特別招待部門で上映された。いわゆるサムライものであるが、刀とは全く無縁であり、そこが目新しい。主人公の下級武士は藩の下級武士で、今様に言えば経理課勤務。毎日、城に出勤しソロバン片手の帳面付け、そして、定時退出。江戸時代のサラリーマンである。生活次元で武士を描くところに「武士の家計簿」の面白さがある。禄が減れば、急に食卓が貧しくなるシーンに表わされるように、現代人の不安のメタファーが時代劇の形を借りて展開される。森田監督の着眼が光る一作。


絶好調ミステリー健在

 東野圭吾原作のミステリー「白夜行」(深川栄洋監督)が映画化された。人気作家東野圭吾を始め、才能が集るこの世界からの原作で、評判通りの面白さを見せた。
  とにかく、ハナシが面白い。発端は質屋の主人の怪死、そして、加害者と被害者との永年に亘る不可解な関係。最初から複数の糸が投げられ、それぞれが絡み合いながら、最終的に1本の糸に収斂する話運び。演出以上に原作が光る作品で、素材に寄りかかり過ぎとの非難も当然出ようが、それを乗り越える面白さがある。非常に上質に仕上げられた娯楽作品。


おわりに

 今年で23回を迎えたTIFFは、良い面と悪い面が出た。良い面は、メインのコンペ部門の作品の質の良さである。新藤兼人監督の「一枚のハガキ」は別とし、フランスからの「サラの瞳」(ジル・パケ=ブランネール監督)、アルゼンチンの「隠れた瞳」(ディエゴ・レルマン監督)、スペインの「小学校」(イバン・ノエル監督)をベストスリーに挙げる。このコンペ部門から、将来、相当な監督が出るのではなかろうか。
  TIFFでの人気部門、個人的には20本くらい見たが、台湾映画を除き、いささか寂しかった。この部門、アジア人の日常や暮らしに直接触れられるところが魅力である、しかし、どうもアジア映画の傾向が変り始めてきた印象を受ける。それは、アジア全体が裕福になって来たことも一因と思われる。つまり、生活を描き、共感を得る次元から、個人の内面に踏み込む作品が見られるようになって来た。アジアもグローバリゼーションの世界的波に呑み込まれた結果かもしれない。今後を見守りたい。




(文中敬称略)
《続く》
映像新聞2010年12月6日号掲載

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中川洋吉・映画評論家