このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



第23回「東京国際映画祭」(2)
コアなファンが支えるアジア映画
バラエティに富んだ作品群

 前回は「第23回東京国際映画祭」(10月23日−31日開催/以下、TIFF )のコンペ部門を取り上げたが、ここでは「アジアの風」部門について触れる。アジア関連は専門の人材が厚く、今回のプログラミング・ディレクターの石坂健治は、永年の研究実績、人脈、行動力を駆使し、多くのアジア作品を選考した。内容はバラエティに富み、「アジアの風」本体は韓国、トルコ、イスラエルと選考が多岐に亘った。特集上映として、生誕100年の黒沢明監督作品に触発されたアジア映画特集、同じく生誕70年のブルース・リー特集、そして、「台湾電影ルネッサンス〜美麗新世代」、「躍進トルコ映画の旗手レハ。エルデム監督特集」と盛り沢山の内容であった。

 
映画ファンの間では従来、コンペよりもアジア部門に人気が集り、アジア映画ファンの層の厚さを今回も見せつけた。驚くことに、韓流信者はもとより、香港、台湾、イラン、タイなど、それぞれのアジア諸国にコアなファンが付いていることである。彼らがアジア部門の底支えをしていると述べても過言ではない。アジア映画の魅力は、写し出される等身大の人物像の描き方にある。また、生き方自身にリアリティがあり、それぞれの国の特徴が塗込められている。 本年のアジア部門で抜群の面白さを見せたのが台湾特集であった。

日常性の軽やかさ

 ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、ツァイ・ミンリャンなどの国際的監督を輩出してきた台湾は、一時の不調から抜け出し、新人監督が新しい時代感覚を武器に登場した。正に、「台湾電影ルネッサンス」である。昨秋、日本でも公開された「海角七号 君思う、国境の南」の国内での大ヒットが起爆剤となり、若手監督進出の道が開けた。本来、日本作品だが、台湾で撮影された「トロッコ」も、この流れに沿うものだ。2作品とも、たまたま日本占領時代を扱い、台湾人の軽やかな大陸的感性や、人生観がメインの柱となっている。


現代台湾の映す鏡


「台北カフェ・ストーリー」
今回の6作のうち、若者世代の生き方を映した、洒落た作品に「台北カフェ・ストーリー」(以下台北)と「ズーム・ハンティング」(以下ズーム)であり、そのノリの良さが注目された。
  「台北」は美人姉妹がカフェを開くハナシで、店は最初こそ賑わうが、段々と客足が遠のく。そこで、妹は、珍らしものの物々交換の場とするアイディアを考えつく。そこへ、世界中から集めた石鹸35種類を持った客が来店し、常連となる。彼は店の客に、石鹸にまつわる、それぞれの国の話をし、客たちは彼の世界中の話に聴き入る。最後に、話が尽き、男は姿を消す。彼の影響で姉は世界へと旅立つ。ここで描かれるのは若い女性の幸せ探しで、ほんわかとした台湾的情緒が快い。


台湾的「裏窓」


「ズーム・ハンティング」

 ヒッチコックの名作「裏窓」(54)に想を得た、かなり重いミステリー。今作も、台北に住む2人姉妹が主人公。2人は大きなマンションに同居し、姉は小説家、妹はカメラマン。妹はベランダから「裏窓」ばりに遊び心で近隣を撮りまくり、楽しむ。その中の不倫カップルの情事のカットからハナシが展開する。妹は、男が家族連れでいるところを目撃し、にわかに興味を持ち出す。調べるうちに、何か姉の影に気付き詰問すると、男の以前の不倫相手が姉であることが判明。それに激怒した妹は、姉を車ではね妊娠不能とする。この事件のおかげでスランプ気味の姉の小説は完成するが、姉妹間は気まずくなり、2人は同居生活を解消する。一口でいうなら「台北」も「ズーム」も通俗的娯楽作品であるが、見せる要素をきっちり抑えている。また、ハナシの運び、美術を含めた映像には、現代的な洒落たセンスに溢れている。娯楽映画の面白さを味あわせてくれる。


台湾の世界的撮影監督


「風に吹かれてーカキャメラマンリー・ビンビンの肖像」

 この特集で、もう1本の注目作は「風に吹かれて−キャメラマン李・屏賓の肖像」(以下リー・ピンビン)だ。この作品は彼の映画的活動、個人的生活と意見を網羅した台湾の2監督によるドキュメンタリー。図抜けて面白い。日本公開のチャンスが欲しい。ホウ・シャオシェンとは「童年往時−時の流れ」(85)以来のコンビである。最近では前述の「トロッコ」(川口浩史監督)、近々公開の「ノルウェーの森」(トラン・アン ユン監督)に加わる彼の密着取材で、その人物像が興味深い。

  撮影監督として、彼はマスター・オヴ・ライト(光の魔術師)と呼ばれ、他の追随を許さぬ技術を誇っている。例えば、薄暗い食卓、そこに一条の光が差し込む。一巾の泰西名画の世界だ。ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール作品を思い起させる。骨董品を愛する彼の一面が紹介されるが、この泰西名画も密かに研究していたのではなかろうか。極限まで光を弱くし、逆にその明るさを目立たせるテクニックだ。
  これ以外に、家族をアメリカに置き、世界中を飛び廻る日常生活。台湾には母一人残しての毎日。その贖罪感からか、オスロでの表彰式、母を呼び、壇上まで上げ、満場の拍手を母にもたらす、晴れがましい親孝行の一シーンだ。彼にはアジア人の心をわしづかみする浪曲節がある。映画的に、そして、人物描写的にも、今作は「アジアの風」のハイライトであることは間違いない。

まともな生活を求める貧者たち

「海の道」

等身大の人物描写に魅力
アジア映画には、庶民、貧者、負け組のぎりぎりの生活の有り様の映像化にも力を見せる。そこから、撮る側の気迫、熱さが直に伝わる。その一例がフィリピンの「海の道」だ。粗末な舟で海を渡る移民もので、舞台はフィリピン南部、人々はより良い生活を求め、ボルネオ島サバ州(マレーシア)へ密航する。斡旋業者の法外な要求、おびえる密航者、そして、到着間近に待受けるマレーシア警察。密航者たちは強制送還され、女性たちの、売春組織に売られる運命、それらの人々のその後の苦難の生活。しかし、貧しい人々の現状脱出の願望は続く。ここ数年、国際的評価を高めるフィリピン作品の1本だ。

韓国映画の底力

「黒く濁る村」

 今やアジアで映画大国の一角を占める韓国から、重量感溢れるミステリーが選考された「シルミド」のカン・ウソク監督作品「黒く濁る村」(原題は『苔』で、大ヒットミステリーの映画化、映画も360万人を動員の大ヒット)韓流ブームに乗り、娯楽作品にも力作を連発している韓国映画だが、今作も、その傾向の延長線上にある。先ず、ハナシが非常に面白い。20年間音信不通の父親の訃報。息子は仕方なく山奥の村へ駆けつけるが、父の死因は不明。村人たちは、すぐにも彼に退散を促す雰囲気、おまけに、元刑事上りの村長が村を支配し、殆んどの土地は彼の所有。そして、村で人望の厚かった、宗教家の父は、どうも村長一派に消された様子。何もかも怪しげな状況の中、息子は孤軍奮闘し、一つずつ謎を解明し始める。ミステリーの醍醐味を堪能させてくれる一作。作品に力がある。


厳しい中国の現状を突く

中国からは今や大物監督に列せられるワン・シャオシュアイ監督(「北京の自転車」〔01〕)の「重慶ブルース」が選考された。今作、本年のカンヌ映画祭コンペ部門に出品され、評価された作品。
  主人公は、重慶を足場とする川船頭で、一度、旅に出れば半年は戻らぬ生活を送っている。その彼の不在中、青年になった息子が警官に射殺されたことを知る。詳細は不明。また、彼自身も息子のことがわかっていないことに気付く。そして、息子の死を1人で調べ始める。工業都市、重慶の発展、そして、経済的格差と社会的不平等の定着化など、現在の中国庶民の生き難さが描かれている。普遍的テーマ、家族、社会環境の変化、格差問題を扱い、現代中国の一面を写し出している。見るべき作品。


アン・ホイ健在

「愛に関するすべてのこと」

 香港のベテラン女流監督、アン・ホイの「愛に関するすべてのこと」が香港から選考された。
  アン・ホイ監督の描く世界は人生の在り方をしみじみと考えさせ、扱う対象も、庶民、労働者、没落富豪、そして、今回は同性愛カップルと多士済々だ。同性愛カップルは、関係解消後それぞれの道を歩む。1人はボーイッシュな売れっ子弁護士、もう1人は女性らしいキャリア・ウーマン。ある時、2人は予期せぬ妊娠に大慌て。そして、出産か中絶か2人とも大いに悩む。他人から見れば喜劇だが、当人たちにとり大問題。中年に差し掛かった社会的地位のある女性2人がまき散らす騒動。今までとは全く違う社会階層の人間を描く、監督の手腕が一番の見ドコロ。アン・ホイ作品は、どの作品を見ても面白い。 今年の「アジアの風」について、全体的に見てややパンチに欠けることは否めない。




(文中敬称略)
《続く》
映像新聞2010年12月6日号掲載

次のレポートを読む

中川洋吉・映画評論家