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「カンヌ映画祭2007 その(4)− 60周年記念映画」

今年で60周年を迎えたカンヌ映画祭の最大のイヴェントは、世界著名監督によるオムニバス映画「人、それぞれの映画館」の上映であった。現在、一番脂が乗りきっている各国の巨匠、名匠、中堅監督が、カンヌ映画祭事務局の求めに応じ、1人3分の持ち時間で、それぞれの映画館に対する思い入れを描くものである。
現役最年長のマノエル・ド・オリヴェイラを頂点に、カナダからはデイヴィッド・クロネンバーグ、アトム・エゴヤン、アメリカからはコーエン兄弟、ガス・ヴァン・サント、マイケル・チミノ、ヨーロッパからはアキ・カウリスマキ、ヴィム・ヴェンダース、ナンニ・モレッティ、ケン・ローチ、アジアからはウォン・カーウァイ、チャン・イーモウ、チェン・カイコー、ホウ・シャオシェン、アッバス・キアロスタミ、日本からは北野武が参加した。

セレモニー

カンヌ事務局の要請で、35人による33本の短篇が製作された。監督数より製作本数が少ないのは、コーエン兄弟、ダルデンヌ兄弟監督のため。
映画祭が一番盛り上がる第一ウィークエンドの5月20日(日)に、ルミエール・ホールで夜7時から上映された。

セレモニーは極くシンプルで、舞台上には横一列に映画館用シートがズラリと並ぶ。そこへ、監督たちがばらばらに登場、着席、一人一人の名前が呼ばれる。横へ広がった監督たちの豪華な顔見世だ。司会はフランス女優、ジュリエット・ビノッシュ。セレモニーはこれだけで、直ぐに上映開始。何ともシンプルだ。北野武監督の顔も見える。入場の赤じゅうたんでは、和服姿の彼、浅草で1週間前に買い求めたチョンマゲのかつらを頭につけてのウケ狙い。彼は、階段の上で、駄目押しのズッコケを見せることも考えたが、とてもそんな雰囲気ではなく止む無く断念とのこと。チョンマゲは、一緒に上ったヴィム・ヴェンダース監督も「ヤレヤレ」とけしかけていた。

記者会見

監督記者会見(c)八玉企画
公式上映の前日に、カンヌ入りした参加監督全員の記者会見が、広いスペースのブニュエル・ホールで行われた。チャン・イーモウ監督、ユーセフ・シャヒーン監督、ラース・フォン・トリア監督は欠席であった。
全員が壇上に並び、それぞれが質問を受け答える形式で進行。日本の北野武監督は、言葉が出来ないため、人の後を歩く感じ。ヴェネチア映画祭で「花火」での金獅子賞を決めたジェーン・カンピオン委員長の横に座る。北野監督自身も親近感を感じている様子。記者の質問に答え、「3分も2時間も、作る方としては同じ労力。最初に見た映画はピエトロ・ジェルミ監督の『鉄道員』〔56〕。この時、兄と一緒で、帰りにチンピラに脅かされ、『鉄道員』を思い出す度に落ち込む」と抜け目なく笑いをとった。多くの監督たちは英語が堪能で、彼ら同士壇上でも話していた。北野監督は、唯1人、英語通訳同行で、この日本人通訳が極めて優秀であった。

北野武監督(手前は記念メダル)
(c)八玉企画
記者から、ジャコブ会長への質問があったが、「折角の機会であるから監督へ質問を」と司会者から促されたり、不勉強な勘違い質問で「何故アラブ作品が出てないか」(アラブ作品は数本出ている)、そして、別の若い女性記者が1人で3問質問するに及んだ。これに対し、「愚問」だとばかり、ポランスキー監督が「昼飯に行く」と席を立つが、他の監督たちの追随はなし。彼は、特にパソコン時代に入ってからのジャーナリストの能力や勉強不足を指摘、それが伏線となり退場へとつながる。会見後、ヴェンダース監督も当の若い女性に説教する一幕も。





それぞれの作品

33本の3分の短篇、それぞれの個性が溢れ大いに楽しめた。
本来、日本からの出品は、2度のパルムドールを得た今村昌平監督だろうが、惜しまれつつ昨年逝去。今村監督に続く国際的知名度のある日本人監督は、見渡せば北野監督しかいないのが現状であり、彼だけではちと寂しい。

「素晴らしき休日」(c)八玉企画

北野作品、「素晴らしき休日」は初めから2番目の登場だ。
良く出来ており、充分笑える。
冒頭、緑の田んぼの中の映画館が写し出される。ド田舎のサビレタ映画館といった趣き、田んぼは長野県、映画館は山口県の実在の小屋で、実写を合成し、これが極まっている。冴えた映像感覚だ。映画館へ、1人の農家の親父が現れ、「農業一枚」と切符を求め、ノッケから笑わせる。場内は彼1人、途中でフィルムが焦げ、映写室のガラス窓には煙の中のたけしの顔がチラリと浮かぶ。
観客も心地よく、乗り、笑いの世界を堪能する。上出来だ。北野監督も自身で自信作と語っている。
「花火」以降、北野作品の力は落ち、集中力が継続しない。しかし、今作は、ノリの良いナンセンスギャグが、短編であるからこそ効果をあげている。このオムニバス作品の中で笑えるベスト・5であることは間違いない。

笑える作品

「シネマ・エロチック」(c)八玉企画

ロマン・ポランスキー監督の「シネマ・エロチック」が一番笑えた。
場所は場末のポルノ館、客は熟年夫婦と中年男だけ。折角の見せ場に、後ろの男がなにやら呻く。男1人、ポルノを見、何やら声を上げれば、その行為は容易に想像出来る。夫婦の連絡で、支配人が男に注意に行き、切符の提示を求める。男の切符は2階席で、彼は上から落ちて苦しんでいた。
不埒な想像をさせ、最後に打っちゃりを喰わす手法、北野監督によれば、使ってはいけない禁じ手だそうだ。しかし、ポランスキー作品は一番笑えた。

「ワールドシネマ」(c)八玉企画

もう1本笑える作品に、コーエン兄弟監督の「ワールドシネマ」がある。
冒頭が秀逸。アメリカの田舎町のアート系映画館、カウボーイ姿の男が、切符売り場で思案顔。映画館とカウボーイの組み合わせが絶妙。彼は、ジャン・ルノワール監督の「ゲームの規則」(39)と、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の「クライメイツ(気候)」(06)の内1本に悩み、売り場の青年の意見を求める。シネフィルらしき青年はアート系作家、ジェイラン作品を推薦。男は彼の勧めに従う。終映後、頭を抱えて出てくる。そして、「あの青年によろしく、面白かったと伝えて」とメッセージを残す。カウボーイとアート系映画館、地方在住者とトルコ映画のニューウェーヴとのミスマッチを描く、捻りが効いた1作。


アジア作品

「ザ・エレクトリック・プリンセス・ハウス」(電姫館)(c)八玉企画

アジアからはホウ・シャオシェン監督の「ザ・エレクトリック・プリンセス・ハウス」(電姫館)が、土地の匂いを肌で感じさせた。
映画最盛時の台湾のある地方都市。映画館には中国語の看板が掛かり、若い女性を連れた成金青年、ジープで家族と乗りつける軍幹部一家など、人の流れが絶えない。バックの音楽は女声による調子の良い曲で、聴き覚えがある。日本のズンドコ節の中国語ヴァージョンに気付く。

そして、現在の廃墟と化した昔の映画館。時の流れを感じさせる。往時と現在の落差が的確に捉えられている。
他に、チャン・イーモウ監督の、中国の巡回映画会、ウォン・カーウァイ監督のスタイリッシュな映像などが楽しめた。 
アジア作品には明確なアイデンティティーがある。


北野監督記者会見

「人、それぞれの映画館」の公式上映の翌日、パレス近くのグレイ・ダルビオン・ホテルで北野監督の囲み会見が、2階のガーデンスペースで行われた。
昨晩の公式上映での評判に気を良くしたのか、リラックスした様子。テーブルには、参加監督へのメダルが飾られている。
赤じゅうたんの時のチョンマゲ姿に、ジャコブ会長の目が点になったと楽しそうに話す。「3分は短いが、笑いを描くことは出来る」と、自信の程を見せる。
外国語は駄目な彼だが、既に10年も映画祭廻りをしており、以前のようにオドオドしたり、ハイテンションで目頭を熱くするようなことはなくなっている。自分のブロークン英語で何とかやれ、
「ヴェンダースにはグレートと褒められた」と、照れながらも一寸ばかり得意気であった。
「映画はテレビと違い、カット割りで笑わせることは難しい」と専門的発言も交え、
「短篇は、短い中での表現だけにそれだけプレッシャーが掛かる」とのこと。本音であろう。
この短篇、既公開の「監督・ばんざい!」で併映されている。



最後に

何かと話題の多い60回カンヌ映画祭であった。コンペ部門では、河瀬直美監督の「モガリ殯の森」のグランプリ獲得の大健闘があった。日本からはお笑いの人気者、たけしと松ちゃんの参加も話題の一つ。
「大日本人」の松本監督は、北野監督を表敬訪問。内容について北野監督は、「俺が話せば悪口と受け取られるかもしれないから」とノーコメント。多分、面白おかしい話があったのだろう。
受賞作品は、渋めであるが、見応えのある意欲作揃いであった。


(文中敬称略)
《了》

中川洋吉・映画評論家