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「東京国際映画祭2007−その(1)堅実な作品揃え」

 「第20回東京国際映画祭(以下TIFF)は、10月20日から28日まで開催された。メイン会場は六本木・TOHOシネマズ、サブは渋谷・文化村と、ここ数年のスタイルを踏襲した。
 今回は経産省主導のコ・フェスタ(JAPAN国際コンテンツフェスティヴァル)の一環で、その最終がTIFFであった。
日本のゲーム、アニメ、映像など、コンテンツ産業の国際交流と海外輸出を目的とし、六本木、秋葉原を中心に数々のイベントが催された。
コンペティション(以下コンペ)は、世界67カ国から668本の応募があり、その内15本が選ばれた。

今年の選考について

矢田部吉彦 選考ディレクター

 昨年までのコンペ選考ディレクターが今年から新人にバトンタッチされ、トップ、選考チームが一新された。
 今年から同部門のディレクターは41才の若い矢田部吉彦で、内部昇格である。
●今年の選考方針などについて
 「選考は6〜8名のチームで行い、特に、始めからテーマを決めなかった。しかし、映画祭として顔が見えること、色を出すことは十分考えた。選び方として、バランスの取れた作品構成に配慮した積りで、アクセスし易い作品、或いは、作家性の強い作品など、目配りをした。
 決定に関しては、候補作品を最後に一堂に集めるより、その場、その場で決めていった。
 作品の地政学的配置は特定地域に偏らず、上手く行った」
 更に、選定対象については
「カンヌ、ベルリン、香港、カルロ・ヴィバリ(チェコ)映画祭、ロンドン(見本市)、イタリアへ足を運び、他に、各国の映画連盟とのコンタクトや推薦で選んだ。応募作品の中から、「ストーン・エンジェル」、「ワルツ」、「リーロイ!」、残りは直接交渉に依った。このように、応募からも良い作品が拾えた」と付け加えた。

受賞作品

「迷子の警察音楽隊」
 東京サクラグランプリ〔最高賞〕は「迷子の警察音楽隊」が受賞した。素材がユニークである。イスラエル=フランスの合作、舞台はイスラエルの砂漠の中の小さな町。そこへ、エジプトのアレキサンドリアから音楽隊一行がやって来る。アラブ会館開館を祝うためだが、どうも目的地と異なる処へ到着。物語は、違う町での一夜を描き、枯れた、タク巧まざるユーモアが光る。
 音楽隊隊長は勤言実直な、絵に画いたような堅物。部下の若い団員はナンパに目がない反抗的な青年。この2人を軸に、レストランの侠気ある女主人と三つ巴で物語が進行する。
 ホテルのない町では、女主人公の計らいで隊員達は分宿し、隊長と若い隊員は女主人のアパルトマンに世話になる。
 ハンサムな若い方ではなく、年配の隊長に興味津々の女主人公だが、2人の間はギコチなく、何も起こらない。翌朝、2人は思いを残し、そのまま別れる。
 何気ない、ごくありふれた物語だが、異文化との触れ合い、人と人とのコミュニケーションを考えさせる。
 
「思い出の西幹道」
 審査員特別賞は「思い出の西幹道」で、文化大革命の影が色濃く残る78年の中国の地方都市が舞台。ある軍医一家の前に、北京から1人の少女がやって来る。物語は若者の恋を絡め展開する。やがて、其々の運命が現実の中に入り込み、ほろ苦い結末を迎える。中国映画らしい普遍的テーマをじっくり繰り広げ、人と人との絆の脆さが、見る側に伝わる。

「ストーン・エンジェル」

「ストーン・エンジェル」

 人間の本質に迫る、今コンペ、ハイライトの1本。主人公はエレン・バースティン。大女優の貫禄充分。老境の彼女、自らの青春時代、結婚生活を振り返り、自己を今一度見詰め直す。
 父親の溺愛と、彼が反対の結婚。幸せな筈の結婚生活の歯車の軋み。壊れた家庭生活と、生活のためのメイド暮らし。自分の許を去る息子。自我を守り通す強さと、それに伴う破綻。親元から出奔し、新天地を目指した自身の若い時の行為、息子の離反により、自らに降りかかる因縁。
 この作品の背景には、人間の自我は変わらぬものとする運命論が見える。それを老女の一生に託している。
 エレン・バースティンの強烈な個性と美しいカナダの自然をバックに、人間の本質を問うテーマが語られる。見応えのある一作。

「ワルツ」

「ワルツ」

 今作も、コンペのハイライトの1本。舞台はイタリアの工業都市トリノ、主人公は、その地のホテルでメイドとして働く女性。彼女は学位を持ちながら、専任の教職ポストがなく、非常勤講師とメイドの掛け持ち。美人のメイド仲間で、派手な生活を求め既に退職した女性に代わり、刑務所で服役中の彼女の父へ、友人と偽り手紙を書き続けた。その父親が、突然ホテルに現われ、実の娘の居場所を問いただす。しかし、姿を消した娘の消息は分からず仕舞い。

 娘のエピソードと併せ、もう1人のメイド仲間、パレスチナ出身で、戦乱のトラウマから抜け切らぬ女性の話が交差する。この3人の女性の生き方が、タイトルのワルツ(三拍子)である。パレスチナ女性も姿を消し、翌日、自爆テロのニュースがテレビから流れる。3人3様の境遇に、父親が加わる。この父親も、アルゼンチン軍事独裁政権下の犠牲者である。ホテルを舞台とし、人間の出し入れだけで見せる、グランド・ホテルスタイルで、人の動きをワンシーン・ワンカットでカメラが追う、極めて珍しい演出手法である。それはテクニックのためのテクニックではなく、必要に迫られてのワンシーン・ワンカットであり、流れるようなカメラワークはミモノ見物。カットを変えずに、過去のシーンのフラッシュバックも織り交ぜられ、このシーンには驚かされる。不安定な社会、個人の生きにくさがカメラの流れに乗り描かれている。

「エリック・ニーチェの若き日々」

 デンマークからの1作。同国の世界的な監督、ラース・フォン・トリアの若き日を描く、彼のオリジナル脚本。
 監督のヤコブ・トゥエセンは、トリア監督とはデンマーク国立映画学校での4年後輩。劇中、トリア監督の未公開映像が見られる。そして、ナレーションもトリア監督自身である。
 この自伝的物語は、ズッコケ的ユーモアが散りばめられている。主人公はシャイなオズオズしたパットしない青年。映画学校の試験、全滅し、最後の学校では、書類が誤って合 格のファイルに入れられ合格と、出だしから、何やら可笑しい。しかも、学校では、不機嫌な教授、馬鹿に威張った同級生に翻弄され続ける。一度寝た女子学生にも、その次はあっさり振られたりと、うだつの上がらない、鬱々とした日々を送る。その彼、最後は、今まで散々頭を押さえつけてきた教授の前で大爆発し、自身の企画を通す快挙を成し遂げる。
 このラストの恫喝めいた談判が、また、可笑しい。エンドマーク後のタイトル・バックはトリア監督作品「ドッグヴィル」のセットが俯瞰で写し出され、その後、場内は明るくなる。
 トボケたユーモアに富んだ、デンマーク版映画学徒の青春譚である。ひねりが効いた1作。

アジア作品

 イランからは日本との合作である「ハーフェズ ペルシャのウタ詩」が出品された。監督は日本でも既に良く知られるアボルファズル・ジャリリ、そして、日本人女優、麻生久美子主演。宗教と、若い2人の恋の行方が語られる静かな哲学的な物語であり、そこには1つの確固たるスタイルがある。しかし、宗教性に対する理解がないと解釈が難しい。
 日本からは「ハブと拳骨」、若手監督中井康友の作品。ベトナム戦争時の沖縄の繁華街を舞台にし、2人兄弟を軸とした日本人家族の物語。素材的には家族の繋がり、米軍占領下の沖縄人の生きにくさなどのテーマ、非常に興味深い。映像的にも優れている。パワー、映像センスは申し分ないが、難点は、作り手の拠って立つ位置が見えにくい。



おわりに

 著名監督作品も、ハリウッド作品もなく、地味なコンペであった。しかし、地味であることは決して悪いことではない。
 内容的には充実しており、「ストーン・エンジェル」、「ワルツ」など良く選んだと感心させる作品が多々あった。
 TIFFは、カンヌ、ヴェネチア、ベルリン映画祭の後塵を拝し、作品集めには苦労している。しかし、現在、全世界で5千本の映画が毎年作られているとされ、探せば、まだまだ宝石は存在する。
 今回は地味ながら、堅実な作品が良く揃えられた。これを契機に、この成果を今後へつなげて欲しい。


●受賞作品一覧
東京サクラグランプリ 「迷子の警察音楽隊」(イスラエル・フランス)
審査員特別賞 「思い出の西幹道」(中国)
最優秀監督賞 ピーター・ハウイット(「デンジャラス・パーキング」)(英)
最優秀芸術貢献賞 「ワルツ」(イタリア)


(文中敬称略)
映像新聞2007年11月19日号
《続く》

中川洋吉・映画評論家